ご近所の旧跡散策 Ⅲ 「悲田処跡」 「将軍塚」

明治末に村山、狭山に貯水池が出来るまでは 久米、荒幡地域には 狭山丘陵の湧水を集めた小川がが いたる所に湿地帯を作り 長雨や大雨の時は方々で氾濫して旧鎌倉街道を旅する人々が難渋する難所だったようです。 「ウィキペディア」によると 悲田処」(ひでんしょ)とは平安時代初期天長10(833年)、武蔵国多摩郡と入間郡の境に設けられた布施屋。飢えや病気に苦しむ旅人の一時救護所・宿泊所と記されてます。 本当は何処に有ったかは諸説あり確定出来ませんが バス停名にしてしまった久米が一番有名になっているとのこと。「悲田処跡」の標識 松が丘団地内の公園に有りました。

T-悲田処跡  将軍塚は八国山の東端にあり 新田義貞が陣を張った所とされてる場所で石碑があります。

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T_2795 前回添付もれの鳩峰八幡神社の 説明板を追加しました。写真をクリックすると拡大します。

     2010年10月14日   naohik tajima

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ご近所の旧跡散策 Ⅲ 「悲田処跡」 「将軍塚」 への1件のフィードバック

  1. kzmuraoka より:

    このあたりは、旧跡も多いので、続編が楽しみです。
    旧跡ではないのですが、松が丘と久米水天宮の間が「トトロの森2号地」ですね。隣接する鳩峰公園に属するのかも知れませんが「いきものふれあいの里スポット4(雑木林)」なんて云うのがあるらしいです。ところが、少し離れた将軍塚の東に「いきものふれあいの里スポッと5(蝶の森)」と書かれています。この関係はどうなっているの?・・地図を見ていたら分からないことだらけ・・ぽちぽち散策して、ブログに書いていただけると有難いです。 (爺)

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