佛眼寺

先の古跡散策の項で抜けていた 佛眼寺を訪れて来ました。このお寺には弘法大師筆と言われる曼荼羅と弁才天の灰像ある。弁才天灰像は灰色の粘土で捏ねたもので、寺記によれば「天長年度弘法大師東巡の時,当寺に手停杖せられ弁才天灰像一体を賜る其裏書に天長7年(830年)於江の島捏空海」とある(久米郷旧跡誌)

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佛眼寺入口と山門

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本堂と日蓮上人像

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佛眼寺の東端に 将軍塚ー鳩峰八幡神社ー水天宮の案内板あり。佛眼寺と「久米八幡神社の梵鐘について」この鐘の御堂は、今は八幡神社の境内に移されているが、私たちの子供の頃から戦後まで、今の忠霊碑の建っている地点に有った。この土地は今でも佛眼寺の所有地で、従って鐘も佛眼寺の所有であった。梵鐘は寺にあるものだ。ただ明治以前は神仏混淆だったので、神社の鳥居の前の佛眼寺の地内に、この堂は建っていて,両者の共有の形であった。最近になって佛眼寺から、この鐘の返還要求が神社側に提出された。・・・・・・さて筆を鐘の事にもどす。鐘の由来の調査に迫られた時、たまたま羽村町の文化財保護委員の桜沢孝平氏を知る機会を得た。   彼自身先祖の鋳造した鐘の調査をしていた矢先だったので、彼の案内で、過日、西多摩郡の二の宮神社に調査に赴いた。・・・・。平塚義角 著 「ふるさと久米 今と昔」より       naohiko tajima

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佛眼寺 への1件のフィードバック

  1. kzmuraoka より:

    羽村の駅東口に「五ノ神」という集落があります。「まいまいず井戸」のあるところです。五ノ神は、昔鋳物職人の集落でした。この職人達は、この付近の多くの寺鐘を手がけています。櫻井孝平さんはここに住んでおられました。孝平さんの息子のカズアキさんも郷土史の研究をしておられ、私も何度かお会いしたことがありますが、最近転居されたようです。(爺)

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