11月30日  長圓禅寺 Ⅱ

本尊は釈迦如来。 永禄11年(1586年)に青梅の海禅寺六世栄芝和尚の弟子である。 華山秀呑和尚によって開山。「新編武蔵風土記」によると海禅寺の末寺であったという。残念ながら、天保年間と嘉永五年の二度にわたって火災に遭い、山門を除いて焼失した。文久元年から明治四年にかけて本堂が再建された。ここから横田、中村、馬場地区を巡る横中馬獅子舞が毎年行われている。なお本堂裏には幕末まで付近を治めた旗本大河内氏の墓がある。 寺石10石

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山門をくぐり本殿正面

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長圓禅寺の墓地横手。 地図を持ってくるのを忘れたためアタカンで、次の目標「滝の入り不動尊」に向けて歩きはじめたが、谷筋を一本間違えて長圓寺の墓地横手に出てしまう。戻るのも癪だからと登り詰めてとうとう丘陵の稜線に出てしまった。右の写真は稜線から横田基地の方角です、遠くに霞んで見えるビル群は横田基地の米軍家族住宅かな?。滑る坂道をウオーキングシューズで歩いたので疲れました、この靴は山道には不向きなようだ。墓地を高い所から眺めてしばし休憩、汗が収まったので稜線を西方向に歩き出す。しばらく進むと左「滝の入り」の道しるべが有ったので信じて従う、今度は下り坂と階段で階段だけで120段もあった。やれやれヨレヨレでした。

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naohiko tajima

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11月30日  長圓禅寺 Ⅱ への2件のフィードバック

  1. kzmuraoka より:

    坂道・石段トレーニング進んでいますね。これなら、秩父の300段石段も大丈夫でしょう。坂道上りは「慣れ」の要素が大きいですね。書かれているように、軽快なウォーキング・シューズは、山登りには向きませんね。靴続が違うのでしょうね。(爺)

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