12月12日  中藤・熊野神社

江戸時代は真福寺持ちでしたが、明治時代になって愛宕神社と合祀し、谷ツの鎮守となりました、社殿内には、「指田日記」の筆者 指田摂津正藤詮の筆による熊野権現の額が掛けられています。また、境内に新道開通の記念碑が建立されています。祭神イザナミノミコト天照大神。

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愛宕神社            内野姓の広い屋敷、いまどき平屋でこれだけ広い家は珍しい。

T0067_1真福寺・中藤神明社0058_1

狭山丘陵の南稜で,武蔵村山市の範囲にある寺社,はほぼ回ったので次回からは、芋窪集落(東大和市)を歩いてみます。

naohiko tajima

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12月12日  中藤・熊野神社 への1件のフィードバック

  1. kzmuraoka より:

    今、地図を見ていて気がつきましたが、「狭山37薬師」の1番が「真福寺」2番が「萩の尾薬師堂」と中藤で始まって、36番が「慶性院」、37番が「蓮花寺」と、芋窪で終わっているのですね。明治の初期に書かれた文献にあるお寺は、現在地不明も含まれているようです。(爺)

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