1月14日 出雲祝神社

由緒 延喜式内社で景行天皇の御代創立。大宝2年9月29日再建(今より1350年前)の棟札今尚残っている。天安時代菅原道真の子、全国行脚の途次、先祖天穂日命を祀る当社に詣でる。其の后、弘治3年相州小田原城主北条家より社領をいただき、天正18年には徳川家康将軍より朱印十石を賜り代々将軍家よりも賜る。延喜式入間五座の一に列せられ郡第一の社格を得る。和銅年中頃より宮寺郷(宮寺町ともいわる)18ヶ村の総鎮守であり、古くからより寄木様と親しまれている。明治になり、有栖川宮親王より御染筆を戴く。 昭和26年9月29日  社頭掲示板。 あまりにも古い昔話で、すぐさま信じがたい気もしますが・・。(Webで見つけた説明文)  他に「昔日の宮寺村」には、宮寺の社寺として出雲伊波比神社、南中野にあり。 山際に接せり、元寄木明神と称し村人は今も「ヨリキ」様と呼べり。然るに例令焼失数回なりと唯、・・・・社地は高台にして、老樹有り。境内幽雅也。社殿も文化、文政の頃までは、本社、幣殿、拝殿、整然たるものなりしが如し。 社の弘治三年小田原北条よりの棟別朱印達の文書ありとい云う。 又石剣及御シャク神三本ありと云う。 村の鎮守也。社後に有名なる茶の碑あり。

出雲祝神社0002_1出雲祝神社0001_1

誰もいない静か過ぎる感じの参道。

出雲祝神社0004_1

狛犬左。                            狛犬右。

出雲祝神社0007_1     出雲祝神社0008_1

碑の写真は暗過ぎて撮影失敗です。説明板のみ。

出雲祝神社0014_1

naohiko tajima

広告
カテゴリー: Uncategorized パーマリンク

1月14日 出雲祝神社 への2件のフィードバック

  1. kzmuraoka より:

    ネットで見付けた面白い話。「入間郡正倉神火事件」で検索してみてください。(爺)

    いいね

  2. 田島直彦 より:

    「入間郡正倉神火事件」興味深くかつ面白く読みました。神社も歴史的な事柄を事前
    に取り込んでから出かけると興味や疑問が色々出てきて面白いのでしょうね。いずれ
    にしても勉強不足でした。有難う御座いました。

    いいね

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中