2月12日  田無神社Ⅱ

今日も午前中から雪が降り出しました、このまま降り続けると積もるかな、現状は屋根や車に昨日の雪が少し残っている程度です。

田無の成り立ちを少し調べてみて、羽村や成木とのつながりが深い事を知りました。 武蔵台地に位置する田無はまさしく、田ー無しで水の便が悪く人が暮らす集落は無かったようです。昔の集落は谷戸にあったとの記載があります。(目黒川、落合川の下流で今のひばりが丘近辺) 江戸城築城の為に成木の石灰を運搬する道路として新宿ー田無ー箱根ヶ崎ー成木に道が通り、中間点に宿場が出来、集落が形成されて行った、大規模公共工事によって生まれた町が田無のようです。 調べた情報と自分の記憶をもとに考えてみると、この町は江戸時代に区画整理された計画集落だったように思われます。街道を挟んで屋敷があり、その後ろに水路ー屋敷林ー畑が基本形になってます。屋敷林は防風林であり燃料(薪)や肥料(落ち葉で堆肥を作る)芋の苗床も有ったな-。

「田無用水」玉川上水から分水された水が田無町の西端、橋場地区で青梅街道を挟んで2本に枝分かれして東へ1.5キロ、町を縦断する形で流れていました、この小川は街道からそれぞれ50m位の距離に作られていて、各屋敷の裏側にあり、住民(古くからの農家や商家)が芋や大根、野菜を洗うのに使っていました。幅1m位の小川でしたが夏になると蛍が飛び交い、夏の終わりごろに毎年行われていた「カイボリ」(改掘?水の流れを止めて川底をさらう。)の時は鮒やドジョウ、ナマズ採りに夢中になったことでした。羽村の水は武蔵野台地の大切な宝だったのです。

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拝殿正面。写真を撮っていたら、お祓いを受ける方が来て、儀式が始まり、大太鼓の音と祝詞の声が流れて来て、シャキッとした気分になりました。ただ乗りだー。

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拝殿各部の彫り物。

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津嶋神社の説明板。賀陽さん?女子ですが同級生がいたのを思い出した。津嶋神社。

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五木寛之が田無神社に暮らしていた・・・。  狛犬は何故か神輿殿の前にいました。?

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清めの水の中に獅子頭。?    御神輿の説明。街中を練り歩くのを見た記憶があります。

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naohiko tajima

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