本応寺とお別れして高沢橋を渡り、一番街通りの札の辻まで戻ります。札の辻を直進して、600m位行くと、「川越城本丸御殿」に行けるのですが、3年前から改修中で今年の3月末には完成予定との事、桜が咲きだしたら又来てみることにします。 札の辻を左折して一番街通りをさらに北へ歩き喜多町に入ると広済寺です。 此のあたりまで来ると電線が邪魔してくれます。
広済寺全景。このお寺 青梅市根ヶ布、天寧寺の末寺のようです。 中央山門、右鐘楼、奥本堂、左金毘羅神社、鳥居の上部が少し見えますか?。 川越市喜多町にある広済寺は、青鷹山慈眼院と号し、曹同宗に属します。河越野戦の二年後の天文十七年(1548)、後北条氏の川越城代になった大道寺駿河守政繁が建立、開山は天寧寺五世の公庵芸長師。
山門。 虫歯や歯痛に霊験がある「あごなし地蔵」、咳きや喘息によく効くといわれる「しわぶきばば」の石仏。 菓子屋横丁もあり顎が落ちるほど美味しい菓子を食べすぎて虫歯になる人が大勢いたかな?庶民の洒落かな。「しわぶきばば」は地蔵さんの胸や喉に布を巻き付けて縄でぐるぐる巻きにされていて、中の地蔵さんの姿は全く見えません。
本堂。 コンデジは空が白飛びして難しいな。
金毘羅神社。鳥居の置かれている場所が不思議で、金毘羅神社の横です振り向くと鐘楼の正面です?。 本来は表通りの神社正面に有ったのでは?。
広済寺を出る時に、振り返ってもう一度写しました。
naohiko tajima
奇妙なことを発見しました。「川越 広済寺 金毘羅神社」で検索して出てきた、http://5.pro.tok.com/~tetsuyosio/
のブログで、平成22年2月11日の鳥居の写真があるのですが、背景がまるで違っています。鐘楼など見えません。もしかすると、1年がかりで鳥居が歩いたのかも・・・(爺)
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私が写した反対側(180度)からの写真だと思われます。説明文章の書き方が下手で
すみません。鳥意は歩いて無いようです。このブログでは本堂の正面に向かって右側
に鳥居がある・・・と書かれてますが、本堂に向かって左、鳥居で 右、鐘楼です。
本堂を背にすれば右、鳥居になります。お騒がせしました。
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