5月2日 清瀬「富士塚」

東光院から柳瀬川通りを東へ向かい、 富士見幼稚園の前を右折して坂を進むと富士塚がありました。正式な名称は中里富士山のようです。江戸時代の文化年間に造られた赤土を盛土した高さ10mの山だそうです。高さ10mは何処を基準にした高さか判然としませんが,海抜ではないことは確かだと思います。

コピー (1) ~ 12東光寺・中里富士塚0020_1

中里富士山の説明板。清瀬の説明板は写真付きが多いです。

09東光寺・中里富士塚0017_1 08東光寺・中里富士塚0016_1

説明板。東京都教育委員会。     清瀬教育委員会。一つの塚に三つの看板?。

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お山をズーム。阿間梨明王の碑はどれでしょう?。

コピー (1) ~ 13東光寺・中里富士塚0021_1

富士塚の坂を登りきった左側にこんもりした森に 質素なお稲荷さんがありました 説明板は有りません。 昔中里村に暮らした農民が五穀豊穣を願ったお稲荷さんだったのでしょう。 教育委員会には無視されているようでした。右の写真は次の東福寺に向けて柳瀬川通りに戻った場所からの稲荷神社の森です。 畑に沢山ハウス栽培されてますが 作物は何だか見当がつきません。

稲荷神社0004_1 稲荷神社0009_1

柳瀬川通りをさらに東へ1キロ以上歩き、金山公園入り口の交差点に出ました。角に小さな地蔵堂があります。この交差点を左折して下り坂を進み、金山遊水池ー東福寺へと向かいます。地蔵菩薩と説明板。和紙に手書きされた物のように見えましたが この説明書きは気に入りました。 

稲荷神社0013_1 稲荷神社0014_1

naohiko tajima

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5月2日 清瀬「富士塚」 への2件のフィードバック

  1. kzmuraoka より:

    石碑類の多い富士塚ですね。阿じゃり明王というのは、聞き慣れない明王さまです。私の持っている本には出てきません。(爺)

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    • kzmuraoka より:

      追伸: 「阿じゃり」というのは、修行を積んだ僧侶に対する敬称のようなもので、「生きている不動明王」という意味合いだそうですから、そういう点からは、なにかこんがらかった名前のような気がしますね。(爺)

      いいね

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