11月30日 お鷹の道 「国分寺」

殿ヶ谷戸庭園を出て南に下ります。下りきってから、国分寺崖縁に沿って西へ、しばらく住宅街を進むと、透明感のある綺麗な水が流れる小川と小道に出会います。この小道がお鷹の道のようです。小川に接したお宅には農作物の芋や大根などの根菜類を洗う為に使用したと思われる洗い場が残されていて、昔の生活が偲ばれる良い風景を醸し出していました。

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さらに進むと真姿の池湧水群です。湧水量はかなり少なくなっているようですが、それでも湧水を汲みに来た人々が訪れていました。大型のペットボトル5~6本に湧水を汲み、重そうに提げて歩いて行く女性やカートに積んで持ち帰る人などさまざまです。

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真姿の池の畔に小さな社が設けられています。いつごろ造られたのかは分かりませんでしたが小さいながらも立派な造りにみえます。

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遊歩道で出会った紅葉風景。中に石灯籠などが見えますが建物は見当たりません。手入れがされてなくて公園でもなさそうです?。

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国分寺楼門。武蔵国、国分寺門前にあり、前沢村(現東久留米市内)の米津寺(米津出羽守田盛の菩提寺として創建された寺)の楼門を明治28年に移築したもので、2階には十六羅漢像(現在13体)を安置しています。写真を撮ろうとしていたときに、学校帰りの小学生2人なにやら楽しそうに話しながら、楼門を潜り抜けて行きました。

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国分寺門前。医王山景勝院国分寺は、真言宗豊山派の寺院です。「分倍河原の戦い」で焼失した武蔵国分寺は新田義貞の寄進により薬師堂が再建されました。江戸時代に入ると徳川幕府は、由緒ある寺社に領地を与えて保護しました。国分寺の薬師堂も三代将軍家光から慶安元年に九石八斗九升八合の寄進をうけ、朱印状を下付され、以後十四代家茂までの朱印状が残っており、一七三三年には本堂も再建されています。現在の本堂は昭和六二年に改築されたものです。

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龍の彫り物と左右の木鼻。図案化されたような印象を受ける親しみやすい彫刻です。

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帰りがけに覗いたお鷹の道湧水園。入園料100円をケチったのではなく、疲れて来たのでパスしました。代わりに門前に有った史跡の駅おたカフェでコーヒーブレイクします。

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naohiko tajima

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11月30日 お鷹の道 「国分寺」 への2件のフィードバック

  1. kzmuraoka より:

    景勝院の40m位先を右に上がると、薬師堂があり、紅葉が見られたとおもうのですが・・・この薬師堂には木像薬師如来坐像(国の重文)があり、たしか10月10日あたりに開帳されます。昔、扉をこじ開けて写真を撮した高校生がいまして、その写真を見せて貰いましたが、素晴らしい薬師如来でした。なお、景勝院の前住職は、元国分寺市長、今の市長はその息子さんだと思います。(爺)

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  2. taj1325 より:

    仁王門と薬師堂も見たかったのですが、連れがあり、体力切れ、時間切れで諦めてしまいました。。帰宅して地図を見直したら近くまで来ていたことが分かり本当に残念でした。下調べをしっかりしておかないと駄目ですね。

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