3月14日 三芳町上富 「多福寺」

約300年前に開拓農民の菩提寺として創建され、その後2度の火災に遭い、明治16年に再建されたとのことで、建屋そのものには歴史的な重さのようなものはあまり感じられません。しかし1万坪は有るのではと思われる、境内の広さに圧倒されます。平地でこれほど広いお寺は初めてです。桜とミヤマつつじが綺麗に咲くお寺の様なので、その頃にまた訪ねてみよう。下の写真は、一般人が出入りする山門です。

多聞寺・多福寺059

はるか彼方に小さく見える門は,高貴な人が通る正門のようで、普段は閉ざされています。

多聞寺・多福寺072

本堂。

多聞寺・多福寺074

本堂前から正門を振り返って見た境内風景。雲が切れて青空が戻りました。

多聞寺・多福寺076

元禄井戸説明板。

多聞寺・多福寺062 

多聞寺・多福寺061  多聞寺・多福寺063

銅鐘説明板と鐘楼。

多聞寺・多福寺069

多聞寺・多福寺066 多聞寺・多福寺068

墓地入り口に並んでいた石仏。

 多聞寺・多福寺092 多聞寺・多福寺095 多聞寺・多福寺093

雑木林を切り開いて造成された、駐車場から見た多福寺風景。

多聞寺・多福寺098

コナラ、クヌギの林。防風林であり、燃料源であり、落ち葉は堆肥として利用されて来た森。落ち葉がほとんど見えないのは、現在も利用されているのでしょうか。

多聞寺・多福寺099

naohiko tajima

広告
カテゴリー: Uncategorized パーマリンク

3月14日 三芳町上富 「多福寺」 への4件のフィードバック

  1. kzmuraoka より:

    柳沢吉保もTVの水戸黄門では悪役ですが、川越藩主としては農民のことを随分援助していますね。山門の急階段は新しくなったばかりのようですね。先日ちょっと覗いた多門寺の記事では古い材木の色で写っていました。(爺)

    いいね

  2. kzmuraoka より:

    スパムから、復帰して、承認待ちに居るようですね。Taji1325’s のメニューを開くと、コメントというのが有ると思います。その頁で、「承認待ち」の見付け、該当コメントを「承認する」とやれば、この頁に出てくるでしょう。(爺)

    いいね

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中