2013_05_20 早稲田 「穴八幡神社」

所用で新宿区馬場下まで行ったので、穴八幡神社に参拝して来ました。穴八幡は、幼い頃に蟲封じをした事が有ると親から聞かされていて、記憶に残っていた神社です。東京市牛込区天神町生まれの私にとって何となく懐かしい場所です。(現 東京都新宿区天神町)

歴史は古く1060年源義家が奥州からの凱旋の途中、この地に兜と太刀を納め八幡神社を祀ったという。1636年(寛永13年)ここに的場が造られ、この八幡宮を守護神とした。1641年(寛永18年)宮守の庵を造るため、南側の山裾を切り開いていると横穴が見つかり、中から金銅の御神像が現れた。以来、「穴八幡宮」と称するようになった。八代将軍徳川吉宗は、1728年に世嗣の疱瘡平癒祈願のため流鏑馬を奉納した。江戸の庶民からも信仰を集め、特に蟲封じの祈祷は有名だった。明治12年には皇太子(後の大正天皇)の御蟲封祈祷も行っている。

1945年(昭和20年)の東京大空襲で、建物の多くを焼失。1961年(昭和36年)御鎮座900年事業として本殿再建工事を開始。平成元年幣殿,拝殿工事を行う。平成10年,随神門を室町時代の様式で再建、なお境内全域を古書を基に未だ再建途中。(ウィキペディアより)

鳥居の左側に流鏑馬像があります。石段を登った場所に石造の鳥居があり、明治33年建立の彫り込みあり。

03

02

随神門、右大臣、左大臣。神馬。

05 06 07

08 09 10

境内。

11

布袋像の水鉢。慶安二年(1649)の紀年銘がある水鉢で、同年将軍家光が江戸城吹上御苑にあったものを穴八幡神社へ奉納したと伝えられている。

12 13

境内の樹木が落ち着きを感じさせてくれます。戦災で焼かれても、生き残ったものか、戦後に植えられた樹木かは定かでは有りません。東京大空襲から68年も経過してますね。

14

17  16

18

境内。左側に神輿蔵が10棟くらい立ち並んでいます。

  20  21

穴八幡の由来となった横穴が有った場所に、新しい社殿が造られていました。私の記憶では崖に横穴があって穴の中に小さな祠が祀られていたと思います。立派になり過ぎて、思い出せません。近くに残された石垣は思い出しました。

19

naohiko tajima

広告
カテゴリー: Uncategorized パーマリンク

2013_05_20 早稲田 「穴八幡神社」 への1件のフィードバック

  1. kzmuraoka より:

    最初、購読ブログというボタンから入ってみたのですが、写真も少ないし、いいねボタンはありますが、コメント記入欄もありません。で、いつものように、入り直して、コメントを書いています。
    有名神社らしく、整っていますね。(木瓜爺)

    いいね

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中